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HP上で私が書いて行く内容は、年代別に順を追ってお話をするわけではないので、判りづらいところも多々あると思います。少しでも全体の流れをご理解しやすいように、当時の最上級コンポ「シュパーブ」に焦点をあて、時代を区分してみました。これより以前の70年代前期さらにそれ以前の時代については、私もまだ入社しておらず、話の種になるような話題も自分自身ほとんどありません。このへんをご理解頂いて、このコーナーを読んでいただければ、幸いです。


サンツアーストーリー

 

第3話 「シュパーブプロ最終型キャリパーブレーキの秘密」

前回は最初期モデルの話でしたが、今回は一気に最終モデルに関する話です。
当時のサンツアーの製品開発の最大命題は“「SOMETHING NEW」(新しい考え方や新しい構造、機能、デザイン)を一つの製品に必ず二つ以上入れる” というものでした。毎年新製品を出す度に、この命題をクリアーしていくことはかなり“しんどい”事で、開発要員達はまさに重箱の隅をつつくようにアイデアを探っていました。
シュパーブ プロシリーズの内、私の担当は主に「ハブ」と「ブレーキ」でした。
それまでの「ブレーキ」はダイア コンペ(吉貝機械金属)の製品に名前だけをシュパーブに変えたいわゆる間借り商品でした。当時私はブレーキのリターンスプリングをブレーキ本体の中に内蔵できないかとぼんやりとした概念だけが頭の中にありました。頭の中で考えていてもなかなか具体的なアイデア、構造にまで考えがおよびにくいので“思考援助”の目的で、簡単な試作モデルをつくって、あれやこれやと考えをめぐらしていました。
当時のK社長はなかなか好奇心旺盛な方で、しょっちゅう開発課のオフィスにやってきて開発員の机の上を“あさって”(?)何かおもしろいものはないかと、探しておられました。今から思えばその姿はまるで子供が駄菓子屋でお菓子を探すのにそっくりでした。(よい意味で)
そんな有る日、例の“試作品”が社長に見つかってしまったのです。私は内心“しまった!”と思いました。何しろ社長の目に止まって、「おもしろい!」ということになると必ずと言っていいほど製品化をせつかれるからです。じっくりと考えを煮詰めて確実な製品にしたいと思っていても、こうなると時間をきられて来年度のラインナップにのせることが至上命令になります。困ったことにK社長はそのおおざっぱな試作品を持ち出して、会社を訪問してくる国内外のバイヤー達に見せてまわっていたのです。
たとえその時点で製品化が煮詰まっていなくても、こうなったらやらざるを得ないという状況に追い込まれました。(サンツアーではこんなことは日常茶飯事だったのですが)
私にとって苦痛の1年が始まったのです。

今までのロード用キャリパーブレーキの構造はシンプルで、一般ユーザーでも分解して掃除をして再組み立てできる程度の構造でした。リターンスプリングを内蔵するとその構造は複雑になり、一般ユーザーが悪戦苦闘の末分解しても再組み立てや調整がうまくいかず、逆にクレームとなることが考えられました。従って「一般ユーザーサイドでは分解をさせない」事が、前提となりました。ところが、うらを返せば分解をする必要が無いようメンテナンスフリーにする必要があり、心臓部の部品は「絶対に錆びない」ことが必要条件となりました。
そこで登場したのが「ダクロタイズ」と言う処理でした。通称「ダクロ処理」と呼ばれるこの表面処理技術はもともと「軍事技術」で当時民生用に使用許可が下りてまもないものでした。丁度グレーのペンキを塗ったようになるので、外観上目立つところには使えませんが、隠れた場所や小さな小物には使用可能でした。軍事的には戦車の底の装甲板などに使われており、傷がついても、塩水に浸かっても絶対に錆びないという驚くべき技術です。
【写真3】これをブレーキの心臓部の部品(回り止め座金、リターンスプリング等)に採用しました。
【写真2】ブレーキアーチの中央部に設けられたスプリング内蔵用のザグリ穴(このわずかなスペースにリターンスプリングが入ります)
【写真4】ブレーキアーチの前後に使用している極薄のスラストベアリングです。錆びを考慮して、ボールベアリング(鋼球)もステンレス製です。
コイルスプリング(円筒状の巻きバネ)はねじり方向に力がかかると直径は小さくなりますが、逆にスラスト方向(軸方向)に長さが伸びます。この時スラスト方向に押圧力がかかり、ブレーキアーチ同士の回転摩擦が大きくなり動きが悪くなります。それを軽減する為に使われています。
【写真5】上記のスラストベアリングをブレーキシャフトのツバ部に内蔵しています。泥、水の侵入を防ぎ、ブレーキの組み上がりのボリュームを極力抑えています。
【写真6】ブレーキシャフトの後ろ側にフレームへの位置固定を確実にする為、鋭角突起を持ったギザ加工を直接施しました。
「自転車よもやま話」のコーナーでも述べた“ギザワッシャ”の役割をシャフト自体に持たせています。
【写真7】ボスタイプのフリーホイールとフリー本体
これは余談ですが、このダクロ処理を当初フリーホイールボデイにも採用するべく進んでおりました。フリーホイールは過酷な環境に常時さらされ、泥、水等の侵入も多く錆びやすい個所の上、内部には100個以上のボールベアリングが使われています。この部品が錆びないと言う事は大きなセールスポイントになる(はずでした)。
いよいよ製品化という時に最終的なテストが行われ、その時「ダクロ処理」の意外な欠点が見つかったのです!
この処理を施すと、その表面摩擦係数はほとんど無くなります。つまりとてもよく“すべる”わけです。当時のボスタイプフリーは現在の主流のカセットタイプとは違い、ハブ体にねじ込んで装着されるようになっていました。ネジというものは雄ネジと雌ネジのネジ山の接触摩擦力によってその効果が発揮できるわけで、その摩擦力がほとんど無くなると、一体どういうことになるのでしょうか。結果はハブ体のネジ部がハブ体からひきちぎれてしまいました。ネジ間の抵抗が無い為、フリーギヤの回転トルクがそっくりそのままハブ体に伝わり、軸方向のスラスト荷重が、ネジ部を引きちぎってしまうほどの強大なものになった結果でした。結局フリーホイールのダクロ処理は中止になりました。 残念!  

このスプリング内蔵ブレーキ開発については、やがてシマノ工業の知るところとなり、顧客先のメーカーや、バイヤーに「あれは絶対失敗する!」と触れ回り、牽制されるようになりました。それを気にしたK社長は私に「おい!細川! シマノがああ言っているが、大丈夫か?」って・・・ 「社長!それはないでしょう 自分で火をつけておいて」

この後、悪戦苦闘の末、最終型シュパーブ プロシリーズは翌年アメリカ ロングビーチサイクルショーにて発表されることになります。やがて、このブレーキの構造は世界特許を取得し、インベンター(発明者)として書類にサインを残す栄誉を得ましたが、時を重ねて私自身、このブレーキは未完成だったと自戒しています。たかがスプリングを内蔵する事にどれだけのメリットがあったのか。そのために犠牲にした機能もありました。このブレーキも今は私の自転車からも外され、コレクション化しています。現在のシマノ、カンパのブレーキは斬新さはないにしても、本当に良くできていると思います。
当時のシマノ工業の開発要員は約80名、サンツアーはというと約10名強。サンツアーはチームプロジェクトと言うよりまだまだ個人プレイ、個人プロジェクトの段階でした。
当時の私達開発要員にとって、新製品の開発は会社の仕事というより、一つの「自己表現」の舞台だったのかもしれません。



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